AI時代に人間の営業は生き残れるか?

――売り手と買い手が引き起こす新たなステージのシナリオ――

はじめに

AI(人工知能)の進歩によって営業の仕事がどう変わっていくのかは、多くの人の関心事です。以前は「営業だけはAIには取って代われないだろう」と信じられてきましたが、実際に金融界ではすでに“人間の営業が激減”してしまった事例があります。たとえば、大手投資銀行のゴールドマン・サックスでは、2010年代半ば頃(2016年前後)からアルゴリズムを活用した高頻度取引(HFT)が急速に普及し、株式のトレーディング部門で働いていたセールス担当者が大幅に削減されました。当初は600人ほどいたトレーダーが、わずか2人しか残らなくなったというエピソードが広く伝えられています。もちろん、その背景には必ずしも現在のような高度な生成AIが存在したわけではありませんでしたが、一定水準の自動化技術が人間の営業活動を置き換えるには十分だったというわけです。

そこからさらに数年が経ち、AIの性能は以前と比べて格段に進化しています。今のAIは、多言語対応のチャット機能や高度なデータ分析をリアルタイムでこなし、複雑な意思決定もこなせるようになりました。もしゴールドマン・サックスのような置き換えが“あのレベルの自動化技術”で起こり得たのであれば、はるかに高度な性能を誇る最新のAIが登場したとき、営業がどこまで機械化されるのか、想像以上の変化が起きても不思議ではないのかもしれません。

以下では、そのような未来を“一つのシナリオ”として示していきます。これはあくまでも仮説に基づいた筋書きであって、必ずこうなるわけではありません。ただし、いくつもの要因が重なれば、十分に起こり得る展開です。「売り手」と「買い手」の相互作用が一気に広がっていくプロセスや、新たに登場するAIフル活用型の企業が既存勢力を脅かす流れを、できるだけわかりやすく描いてみたいと思います。


1. AIが営業を加速させる仕組み

1-1. 瞬時の提案と見積もり

従来、人間の営業担当者が行ってきた提案・見積もり作成・価格交渉は、AIがデータベースと連携することで数分、あるいは数秒で完了します。顧客のニーズや予算規模、購入履歴などを瞬時に参照し、「最適な商品セット」と「適正価格」を自動提示。メールやチャットボットのやり取りだけで商談が進むため、人的工数を大幅に削減できるわけです。

1-2. リアルタイム在庫管理と納期回答

工場や倉庫にセンサーを設置し、AIが在庫状況や生産ラインの稼働状況をリアルタイムで把握。営業担当が工場や物流部門に確認する手間はほとんど要りません。複数の工場や倉庫があっても、AIが瞬時に最適な出荷拠点を選び、希望納期に間に合うかどうかを自動で判断してくれます。

1-3. 顧客アプローチの自動化

メール、SNS、オンライン広告などをAIが分析し、「この顧客にはこういう提案が刺さるのでは」「次はこのキャンペーン情報を送ろう」といった施策を瞬時に決定。チャットボットが一次対応するだけで、興味を持った顧客をスムーズに商談のステージへ導きます。人間の営業は最終的な契約手続きをフォローするだけで済む、という流れが一般化してもおかしくありません。


2. “売り手”と“買い手”がAI化すると起こること

2-1. 片方がAI化するともう片方も導入せざるを得ない

もし「売り手」が先行してAIを導入し、超高速かつ的確な見積もりと提案を行うようになれば、「買い手」はそれに対抗して、自社も購買AIを導入し、複数のサプライヤーから一括で条件比較するようになります。逆に、購買側が先行してAIを使いこなしてしまえば、提案スピードが遅いサプライヤーは即座に不利になるでしょう。いずれにしても、どちらか一方が先にAIを採用すると、もう一方も導入に迫られ、最終的には両者がAI化するという相互作用が生まれます。

2-2. 大量の商談を“AI同士”でさばく世界

取引の件数が多い業界ほど、AI化の効果は顕著です。ECサイトや卸売、部品メーカーなどでは、契約や価格交渉から物流手配にいたるまで、ほぼAI同士で話がまとまるようになるかもしれません。人間が介入するのは何かトラブルが起きたときだけ、という光景が普通になるシナリオが考えられます。


3. なぜゴールドマン・サックスの事例が示唆的か

3-1. 2016年前後に起こった“営業減少”の衝撃

ゴールドマン・サックスが株式売買の分野で高頻度取引を導入したのは、今ほど生成AIが発達する前のことでした。それでも、アルゴリズムが自動で売買タイミングを見極める仕組みの導入によって、多くの人手を削減することが可能になりました。2016年前後には、「かつて600人ほどいたトレーダーが、今は2人しか残っていない」という事例がメディアでも取り上げられ、従来の“営業”が消えていく衝撃を象徴するニュースとして話題になりました。

3-2. 現在のAIは、当時より格段に進化している

ところが、あのとき主流だったシステムは、いまの最新AIに比べればはるかに限定的でした。近年は自然言語処理が急速に発達し、対話型AIが高度な受け答えや分析をこなせるようになっています。画像認識や音声認識も著しく精度を上げ、社内システムやクラウドサービスとの連携もスムーズです。人間にとって“当たり前”だった営業プロセスの大半が、すでに機械化可能なレベルに到達していると考えても不思議ではありません。

ゴールドマン・サックスの事例は「既存のテクノロジーでも人間の営業をこれだけ削れる」という一つの象徴です。そこからさらに何倍も性能が上がったAIが登場している現在、営業活動がどう変わっていくのかは、むしろ想像を超えるものになっていく可能性すらあります。


4. AIフル活用型の“新興企業”が登場するシナリオ

4-1. 人をほとんど使わないベンチャーの脅威

もし、ほぼすべての業務をAIで完結させる“新興企業”が現れたらどうなるでしょう。社内のオペレーション、営業、カスタマーサポートまでを極限まで自動化し、人件費を徹底的に削減する——そんなビジネスモデルが確立すれば、大企業と比べて圧倒的に安いコストで商品やサービスを提供できるかもしれません。

4-2. 大企業も“AI営業”導入を迫られる

そのような“AIフル活用型”の企業が市場を席巻し始めると、従来の大企業は「人間の営業担当者を大勢抱えていてはコスト競争で負ける」と考えるようになります。少なくとも、大多数の定型的な営業プロセスはAIに置き換え、最小限のスタッフで顧客対応を行う体制にシフトする可能性が高いです。

一気に全社規模で置き換えるか、段階的にテスト導入するかは企業ごとに判断が分かれますが、最終的には競合に負けないために、どの企業も“人員の合理化+AI導入”を進めていくシナリオが考えられます。


5. 営業がAIに置き換わる“プロセス”をシンプルに示す

ここまでの流れを、もう少しわかりやすく段階的にまとめると、次のようなシナリオが考えられます。

  1. 部分導入(局所的な自動化)
    • まずは簡単な見積もり作成やチャットボット対応など、人間の手間を削減できる部分からAI導入が始まる。
    • 営業全体のうちごく一部だけを自動化するため、社内外で抵抗感は比較的小さい。
  2. 複数機能の統合(提案〜在庫管理〜受発注まで)
    • データベースや在庫システム、購買システムとAIが連携し、“ワンクリック”でほぼすべての営業フローが完結する。
    • 運用の効率が劇的に向上した事例が広まり、他社も追随し始める。
  3. 相互導入による加速(売り手と買い手の両AI化)
    • “買い手”側もAIを導入すると、複数社からの提案を一括比較するのが当たり前に。
    • そうなると“売り手”も対応を急ぎ、「AIで瞬時に最適価格と提案を提示する」仕組みを整えざるを得ない。
    • 結果として、AI同士のやり取りが主流になり、人間の関与は特別な案件やトラブル対応に限定される。
  4. 新興企業の台頭(完全自動化でコスト優位)
    • AIをフル活用し、人件費や固定コストを徹底的に下げた新興企業が出現。
    • 価格面やスピード面で従来企業を上回るため、大企業も本格的な人員削減とAI化を加速。
    • 多くの業界で“人間の営業部隊”が激減し、少数のスペシャリストだけが残る構造に変わる。

6. “人間の営業”は消え去るのか?

ここで多くの人が気になるのは、「本当に営業はAIに取って代わられるのか?」という点でしょう。前述のゴールドマン・サックスの例では、少なくとも株式取引の分野では人間の営業を大幅に削減できました。今後、あらゆる営業シーンで同様の現象が起こると考えると、定型的な商談や提案を中心に行っている営業担当者の需要は大きく縮小していくかもしれません。

一方、複雑な商談や創造的なアイデアが必要な案件、あるいは長期間にわたる関係構築が求められるケースでは、AIに任せきれない部分が残ると見る向きもあります。ただし、そうした領域がどこまで“少数派”になり得るかは、業界や企業の戦略次第。シナリオによっては、徹底的に標準化された商品・サービスばかりが急増し、人間の営業が活躍する余地が一気に減る可能性も十分に考えられます。


今回ご紹介したのは、あくまで“ひとつのシナリオ”にすぎません。しかし、ゴールドマン・サックスの例からわかるように、当時のテクノロジー水準でも「営業担当者が激減する」事態は十分起こりました。そしていま、さらに進化したAIが、あらゆる営業プロセスを高速化・自動化できる時代が訪れようとしています。

「人間の営業がいつまで必要とされるのか」「特定の業種や場面だけがAI化されるのか、それとも大半がAIに置き換わるのか」——そういった問いは、今後ますます重要になってくるでしょう。一部の企業や業界では、想像以上のスピードで“AI営業”へのシフトが起こる可能性があります。それが現実のものとなったとき、人間の営業担当者はどこまで残り、どこからが機械に任されるのか。私たちが近い将来に目撃するのは、もしかすると想像以上に大きな転換かもしれません。

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